53年の伝統と革新 ― 総合診療型指導で次世代を育てる「無学泰山塾」の挑戦
代表取締役 渡邉 丈倫
Release: 2025.12.25
Update : 2026.01.06
福山市で53年続く学習塾「無学泰山塾」。「一人の先生が一人の生徒を総合的に見る」独自の指導スタイルで、年商8,000万円、生徒数340〜370人の実績を築いてきました。現代表・渡邉さんは、創業者である父から事業を継承し、「叱らない・怒らない」教育方針への転換、YouTube・ラジオ番組への進出、そして海外展開まで視野に入れた改革を推進中です。YEGへの入会をきっかけに「現場から経営へ」の転換を決意。教育事業の本質と未来への挑戦を語ります。

事業紹介
福山市を中心に学習塾を展開しています。市内に6か所、神石高原町に1か所、計7教室を運営。生徒の対象は基本的に小学校4年生から高校3年生、浪人生・高卒生まで。ただし、ご要望があれば小学校1年生からも対応しています。科目は基本的に全科目に対応し、面接や小論文まで指導します。音楽や体育などの実技は難しいですが、受験に関係するものは作文指導なども含めて対応しています。
社業の強みや独自性
総合診療型の指導
無学泰山塾の強みは、まず「一人の先生が一人の生徒を総合的に見る」総合診療型の指導にあります。
中学3年生までは本当に全教科を一人の講師が担当し、大学受験段階で専門外が出る場合のみ、理系の先生が物理・化学や数Ⅲを受け持つなど、責任を持てる体制に切り替えます。大人になってから学び直した科目ではやり込みの深さに差が出る――だからこそ、各講師は自分がやってきた科目に責任を持って教えるというルールです。
この一貫した見方によって、模試の点や教科横断の状況だけでなく、「この子は英語が伸びる」「数学のセンスがある」「この性格ならこの学部が合う」といった将来像まで踏み込んだ指導ができます。単に”科目を積み上げる授業”にならず、学校とは違う切り口での伴走を実現しています。
人に向き合う姿勢を徹底
教室運営でも”人に向き合う姿勢”を徹底しています。話し手が顔を上げた瞬間に視線を合わせ、聞いている子・そうでない子の空気を把握する。スマホに目が行きがちな子にも表情で合図を送る。こうした目配り・気配りは、学力だけでなく人間的な成長を支える塾ならではの力だと考えています。
生活動線に沿った拠点展開
拠点展開も”来てもらう”から”こちらが出向く”へ発想を転換しました。核家族化や車社会の進展で送り迎えが難しく、足の確保が退会理由になる現実に合わせ、1教室1講師(ワンオペ)で生活動線に近い場所へ教室を増やし、時間はきっちり、延長なしで運営します。
父の時代は口コミ中心で”看板を出さない”美学がありましたが、会社化以降はブランディングや露出も適切に整え、目に触れる機会を増やしています。
OB中心の採用と育成
採用と育成はOB中心です。一般採用は基本的に行わず、無学泰山塾で学んだOBが講師になります。自分が中高時代に使った教材で教えるため独自の総合指導が成り立ち、地域の学校事情や入試制度、併願手続きの実務まで身につけて“先生一人ひとりがデータバンク”になっていきます。
総合診療のように広く深くを見る専門性の定着には5〜10年かかりますが、それでも”総合的に見るという専門”を育てる方針を貫いています。
通いやすい料金設計
料金と提供設計は、通いやすさを軸にしています。集団指導のため、価格帯は「近隣の個人塾よりは高く、大手よりは安い」を目安に設定。教材は市販品を厳選し、年間およそ1万円程度に収まるようにして家計負担を抑えています。
授業についていけない場合は無料補習を入れ、コマを積み増して料金が上がるのではなく「この月謝で必要なサポートはすべて受けられる」オールインクルーシブ型です。受験学年の夏期講習・冬期講習、英検・漢検や模試の受験料のみ、受ける生徒に限って別途いただきます。兄弟で年が離れていても同じ塾に通える利点を活かし、兄弟割引も設けています。
塾名「無学泰山」の由来
なお、塾名の「無学泰山」にはブランドとしての独自性も込められています。「無学」は”学び尽くした境地”を指す仏教用語、「泰山」は北斗七星のように道しるべとなる存在の意。よく学び、人を良き方向へ導く人になってほしい――父の願いが由来です。一度聞いたら忘れにくい”変わった名前”で記憶に残ることも、無学泰山塾らしさだと受け止めています。
会社の歴史
今年で53年目です。1973年に父・渡邉泰郎が塾を始めました。さらに遡ると、祖母(父の母)が御幸町で書道教室をしていて、夏休みに帰省した父がそこで習字の生徒たちに勉強を教えたのがきっかけです。辞めることなくそのまま本業になり、御幸でスタート。その後、三吉町、寺町、若松町を経て、現在は城見町に本部を移しました。
駅周辺をメインストリームに展開しつつ、ルーツである御幸にも教室があります。中心となるのは福山教室(城見町)と御幸ホール教室で、そこを核に7教室まで増やすことができました。父の時代は長く”看板なし”で口コミ中心でしたが、平成7年の会社化以降は看板・露出を整えました。
起業に至るきっかけ
会社の経営状態が良くなく、父も早めにバトンを渡そうとしていたのだと思います。私が結婚して子どもが生まれて1年ほどのタイミングで、実家にも顔を出すことが増え、ずっと福山にいるだろうという状況でした。
勤続年数が約10年になっていて、会社の中で直したい点も見えていました。私もいずれ継ぐ覚悟で東京から戻っていたので、生活も見えてきたそのタイミングで代表を受け継ぎました。
仕事のやりがい
相手は子どもです。大きくても浪人生・高卒生で20歳くらい。次の世代が見えてくるのはやりがいです。
勉強だけでなく、人間性も含めて成長していってくれるのが嬉しい。模試の点数が上がった、分からなかった問題が解けた、学校でクラスの中で一番だった、部活で優勝した、レギュラーを取れた。子どもの笑顔はみんな嬉しいものです。学校の先生と同じで、シンプルにそこがやりがいだと思います。
仕事で大事にしていること
今は「叱らない・怒らない・声を荒げない」ことを大切にしています。うちは手は出しません。言葉で向き合います。
授業中に注意して教室の空気が悪くなることはありますが、帰る時にはリセットして「またね」と素直に言える状態で送り出す。昔は引きずることもありましたが、それは教室の中だけの話で終える。スポーツでも、グラウンドでは厳しくしても最後に「ありがとうございました」で普通に戻る。あの切り替えを大切にしています。
自分の内面と時代の変化、どちらが大きいかというと両方です。私は本来、強く言いたいタイプではない一方で、感情的になってしまうこともありました。「人間には感情があることは子どもに伝えてください」と言う保護者もいましたが、塾として万人に通用する一般解ではないという違和感がありました。やがて時代がその違和感を解消してくれた、という感覚があります。
仕事の大変な面
時間帯です。教育現場は勤務時間が長くなりがちです。
答案や日誌に、一言コメントを添えるなど、子ども相手の仕事は手間の総量が増えやすい。品質管理を考えても機械化しにくく、どうしても講師の手間になります。社労士さんにも「労働基準法は製造業的な働き方を前提にした側面があり、病院や教育のような対人現場では、現実の運用との調整が難しい」と言われたことがあります。法律は守らなければいけないが、現場の特性上、勤務時間が長くなる。やりがいが大きい一方で、体力面では大変です。
もう一つは受験です。結果が絶対に出る世界なので、講師は皆ストレスを抱えます。全員が受かれば良いのですが、現実はそうもいきません。
今後の目標
学習塾が倒産していく時代、新しい形で事業展開をしなければならないと考えています。
教える場が、対面の塾なのか、オンラインの集団・マンツーマンなのか、オンデマンド配信なのか――選択肢は広がっています。肌感覚としては「人対人」はまだ通用すると感じているので続けながらも、インターネットを使った取り組みを強化するのが明快な目標です。
ラジオ・YouTube展開
具体的には、エフエムふくやまさんで10月から”箱番組”を始めました。9月まで8年間、月曜朝の番組「月曜♪きらリズム」内のコーナーに月1回出演していましたが、番組終了に伴い、自分たちで番組を立ち上げました。
以前出演した「神辺バンザイRADIO」で箱番組の面白さを実感し、YouTubeでアーカイブ配信する形も参考にさせて頂きました。私たちも「無学泰山塾のEnjoyラジオ」のYouTubeチャンネルを作り、週1本配信しています。
動画制作・広告展開
動画制作も始めています。高校時代の音楽部の後輩が映像の仕事を始めたので、作り方を教わったり、依頼したりしながら進めています。
広告も折込は最低限残しつつ、InstagramやYouTubeへの出稿に振り向けています。将来的に教える場所が変わっても対応できるよう、関連業界とのつながりづくりを進めています。
海外展開への展望
もっと大きな話で言えば、海外展開もしたい。日本人学校にアプローチしてZoomで授業をする、帰国子女枠の制度に精通するなど、価値提供の余地は大きいはずです。
英会話はすでに授業に取り入れ始めていて、塾生なら英会話教室は無料。アメリカ人のネイティブ講師が週1時間の会話レッスンを行っています。
目標へ向けての課題
業界として次に何が”当たるか”がまだ見えません。対面の個別指導は勢いがありますが、それも対面。インターネットやスマホで何ができるのか、明快な解を探している段階です。
もう一つは人手です。夜の勤務が前提になる業界で、若い人材が就職先として選びにくい面があり、スタッフを増やすのが難しい。
うちはできる限り仕事を減らす工夫をしていて、夜10時以降のミーティングはしない、10時に生徒を帰したらできるだけ早く講師も帰る、翌日の出社は15時〜15時半といった運用にしています。他塾と比べれば勤務時間は少ない方かもしれません(確たるデータはありませんが、深夜0時までという話も耳にします)。
教材を同じものにし、ベテランは予習時間が減るように設計して品質を保ちつつ効率化していますが、それでも「夜働く」前提は変えられません。結果として、新しい施策は役員である私が手動で進めるしかない場面も多く、動きが緩やかになりがちです。ここが改善課題だと捉えています。
福山YEG入会のきっかけ
入会のきっかけは、東洋自動車商会の佐藤さんの紹介でした。以前からお世話になっていた方で、ご縁があって声をかけていただいたのが始まりです。
福山YEGに入会してよかったこと
一番は、知り合いが増えたことです。何人かと話している中で「まだ現場におるんじゃ」と言われたことがあって、それがすごく印象に残っています。
実はちょうど今、これまで表には出していなかったのですが、現場から少しずつ引こうとしているところなんです。長年、自分が中心となって生徒を見て、大学合格を勝ち取る流れを父から引き継いできたのですが、それでは次が育たないし、会社としても広がらない。だから、各教室で広島大学・岡山大学レベル以上の合格者が出ることを1つの目標にしていたんです。
それが2年前に達成できました。僕ではなく、別の先生が京都大学や大阪大学に合格者を出してくれた。それを見て「今だな」と思ったんです。講師が育った今、僕自身は第一線から退いて、経営や仕組みづくりに専念しようと。
ちょうどそのタイミングでYEGに入って、「まだ現場におるんじゃ」と声をかけられた。その一言で心が決まりました。現場は弟に任せ、自分は社長としてラジオやYouTubeといった新しい取り組みを整える側へ。ずっと引っかかっていたモヤモヤが、YEGのおかげでスッと晴れた気がしました。
福山YEG入会後の良き出会い
まだ日が浅いので新しい出会いは少ないのですが、それでも、初めてお会いした方々とすぐに話ができる雰囲気がありました。橋本先輩のように、以前別の団体で知り合った方と、YEGを通じて再び会えるのも嬉しいですね。
新しい出会いというよりは、今までの繋がりがより深まった、太くなった感覚があります。福山という地域で仕事をしていると、慶應の三田会や誠之館関係の集まりなど、関係が限定的になりがちでしたが、YEGでは皆さんがそれぞれ異なる団体や領域で活動されていて、そのネットワークの広がりを実感しています。
JCやライオンズなど、さまざまなところで繋がる方々との関係が生まれていくことに、大きな意味を感じています。
個人について
休日の過ごし方
休日は、子どもたちと過ごす時間が中心です。長女は中学2年生、長男は小学4年生で、地域の子ども会ソフトボールチームに所属しています。
今は6年生が引退して、5年生が1人しかいないので、4年生の息子がレギュラーとしてトップチームに出ています。昨年からその流れが見えていたので、土日はほぼ練習や試合。練習試合や公式戦に一緒に行くのが、今の休日の過ごし方です。
オーケストラ活動
あとは、父が立ち上げた「福山楽友協会管弦楽団」でオーケストラ活動も続けています。父は東京大学音楽部管弦楽団(東大オケ)でクラリネットを吹いていたのですが、僕も慶應で吹奏楽をやっていて、その流れでオケ活動に関わるようになりました。
指揮を教わったのは早川正昭先生。東大出身で作曲家・指揮者として広島大学でも教えておられた方です。僕も2年間師事して、今は自分のオーケストラでトランペットを吹いたり、指揮や団長を務めたりしています。年1回の公演に向けて、秋冬から準備を始め、6月ごろに本番を迎える形です。
また、誠之館高校音楽部のOB吹奏楽団にも所属していて、こちらでも演奏活動をしています。楽器や音楽はずっと続けているライフワークのひとつですね。
地域活動
その一方で、PTA会長や町内の体育会の単位長も務めました。去年は小学校のPTA会長、今年は中学校のPTA会長も引き受けました。正直、大変です(笑)。最初は小学校だけのつもりだったんですが、地元出身ということもあり…。グラウンドの狭さや、地域の課題も多いので、先生方と相談しながら改善できればと思っています。
昼間はそうした地域活動にも時間を使うようにして、夜の授業は少しずつ減らしていく予定です。すぐには辞められませんが、今の中1・高1の生徒が受験を終えるタイミングで、夜の授業はいったん一区切りつけようと思っています。2年半後くらいが目安です。
人生観
父が夜を中心に忙しく働いていた姿を見て、僕は「夜間の塾の授業だけでなく昼間も忙しくしてやろう」と考えるようになりました。人生は短いし、動けるうちは精一杯動こうと。
父から「人生一生 酒一升 あるかと思えば もう空か」という言葉を聞いたことがあります。時間が無限にあるようで、気づけばあっという間に過ぎていく。人の一生もそういうものなんだと。だから僕は「2倍、3倍生きてやろう」と思っていて、誘われたことはできる限り断らないようにしています。
母にも「誘われるうちが花」と言われていたので、それを大事にしています。
自己紹介
動物占いでは「動き回るトラ」でした。コロナ禍で時間があった時に、妻と久しぶりにやってみたらこの結果で、「ほんまにそのままやん」と2人で笑いました。
性格的にもじっとしていられないタイプで、何かしていないと落ち着かない。昼も夜も動き回って、人とのつながりを大切にしながら過ごしていく――まさに「動き回るトラ」という言葉が、自分を表しているなと思います。
参加者からの質問、提案、感想など交流時間
>参加者1
「少し話を戻しますけど、経営状態が悪かった時期は、何のバランスが崩れていたんですか?」
>渡邉さん
「ひとつは、送り迎えの問題ですね。バスが減って、子どもを通わせにくい環境になっていたこと。もう一つは、当時の税理士さんが「年商5,000万円を超えない運営」を進めていたことです。
社会保険にも入らず、個人事業に近い形でやっていて、4,500〜5,000万円の間を行ったり来たり。生徒数も170〜200人をキープしながら綱渡りのような経営でした。」
>参加者2
「その後、どんな転機があったんですか?」
>渡邉さん
「「もうやる」と決めて、社会保険にも入り、社員の待遇を上げました。若松町の教室は住宅街の奥にあって、同じ学区の子どもたちにすら知られていなかった。だから駅近くへの移転を決意したんです。
探していた時にご縁があったのが、元「福山中央歯科」さん。先生のお子さんがうちの塾に通ってくれていたこともあり、「知らない人より渡邉先生に」と貸していただけました。
今は生徒が340〜370人、年商も8,000万円ほどまで伸びています。次は年商1億円を目標にしています。」
>参加者3
「素晴らしいですね。スタッフの皆さんもとても優秀で、全体としてレベルが高いのが伝わりました。会社としてのブランドを維持するために、どの教室でも一定の品質を保っているのがすごいです。」
>参加者4
「私も母が書道教室をやっていて、家庭教師の経験があるので、すごく共感しました。」
>参加者5
「僕も教育者の影響を強く受けてきたので、今日のお話を聞いて改めて「教育っていい仕事だな」と感じました。特に、先生が“ジェネラリストとしてのプロフェッショナル”である点が印象的でした。受験も経営も、すべてを俯瞰して逆算して動いている姿勢に感銘を受けました。」
>渡邉さん
ありがとうございます。褒めてもらえるって、気持ちいいですね(笑)。
取材を通しての感想
教育の仕事は「子どもの未来を感じながら過ごせる」ことにやりがいがある――その実感があらためて強まりました。
大学時代に聞いた「先生が誰に対しても”一番弟子”として向き合っていた」という話のように、こちらが顔を上げた瞬間に目を合わせ、”あなたを見ている”と伝えるキャッチボールを続けたい。無学泰山塾の「生徒みんなが一番弟子」という合言葉も、まさにそこに通じています。
また、幼い頃に近所の個人塾に通っていたのですが、その”おしゃれなおばあちゃん先生”の所作を思い出しました。住居と教室の間の扉の前で必ず身だしなみを整えてから出てくる――あの小さな積み重ねは、相手への敬意そのものだったのだと腑に落ちています。
目を見ること、言葉を選ぶこと、身だしなみを整えること。学力だけでなく人を支える力は、そうした日々の姿勢の中にあると、今回の取材で再確認できました。








